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見えないものを見ようとして、顕微鏡をのぞきこんだ。

ある理系院生の備忘録 ~RiskとBenefitの狭間に揺れて~

研究者としての覚悟(その一)

昨日、私の一つ上のM2の先輩の論文がアクセプトしたパーティという名の洗礼と雪辱と栄光の呑み会がありました。

 →上司のブログにもその喜びが http://yaplog.jp/ultgear_lasrun/archive/1362

 

修士生で国際論文にアクセプトすることは私にとって、大学院生活の一つの目標であり、それをなしえた先輩は、本当に尊敬しています。

しかしそんな先輩であっても、博士に行かず、企業でも(ガチの)研究職には就かないそうです。正直、もったいないなぁとも思っていたり。


そんな呑み会でしたが、帰りに私の上司からこんなことを言われました。(本人は酔っていて記憶が無いそうですが)

 

「研究者になるのに、

 研究者として仕事をするのに一番必要なのは覚悟だよ」

 

実は、これ、今年の4月ごろから言われ続けています(笑

結構、自分の考えが頻繁に変わる(別に矛盾はしてないよ。変わるといっても、更新されるといった方が正しいかな。)上司なので、この覚悟も近いうちに、別の言葉に置き換えられるのかなor更なる説明が入るのかな

 

とか思ってました。

そんな上司が4カ月後も同じことを言っているということは、

この覚悟がいかに重たいことなのかが分かるかと思います。

 

 

でも、研究なんて1年とそこらしかやってない私にはこの言葉の重みなんて分かりません。

霞をつかむような存在です。

 

それが、今日の出来事でなんとなく分かってきた気がするんですよね。

完全に分かったというか、

今まで見えなかった雲の上の山頂が、ちょっと雲が晴れて目標点が見えてきたって感じかな。

(だから、今回のブログの内容は分かりにくいと思う。)

 

まず、0から1をつくったような先輩が研究者にならなかったのは、研究を仕事にしなかったのは、もちろん研究以外にやりたいことがあったというのもありますが、

 

(0から1自分で研究課題を探り、テーマを決めて、自分で遂行し、自分で証明して、自分で社会に公開する。)

 

研究者となること、研究を生業とすることに対して

覚悟しきれなかったから。あるいはしたくなかったから。

というのも理由の一つだと思います。

 

なぜなら、本人はいたって研究が好きだからです(そもそも好きじゃなきゃ投稿できないって。)

 

つまりは、才能やそれに伴う努力ができても、覚悟が無けりゃ研究者にはならない、なれないと思うのです。

 

じゃあ、その「覚悟」ってなんなのよ。

といわれますと、私もまだ言葉ではうまく表現できません。

 

でも、私の中では今のところ、こんな感じで結論付けています。

 

 

雇われてポジションについているという意識

自らが研究者というマーケットの中にいる自覚

金銭をもらって研究をしているという認識

成果を上げなければ、すぐにでも解雇されるという覚悟

 

 かっこいい言葉で言い換えますと

覚悟とは

「不退転の決意」

「自己の徹底」

この2点だと思います。

 

 

具体的に言うと

  • AというポジションからBへ移ったら、Bで失敗してもAに戻れるだろうなんて思わない決意。失敗したら0(あるいはマイナス)からのスタート。
  • 同様にAからBへ移った時、たとえAの研究に未練があっても、わき目もふらずBでの研究を徹底的に実行する。
  • コネ、人脈を活用こそすれど、それに頼ろうとはしない。
  • 自分の目標のためには自分の恥もプライドも捨て去ること。
  • 金銭をもらっている以上、どんな形でも常に成果を出し続けるように動くこと。
  • 解雇されるかもしれない、と念頭に置き続けること。

 などなど

(言葉にすると、なんとなくチープなんだよなぁ……当たり前のことしか書いてない希ガス。)


研究者とは言わず、博士となるときにも私はこうした覚悟を意識していきたいものです。

 

 

 

う~ん……今回の内容はいまひとつ噛み砕けてないぁ。

 

いつか更新されると思うので、今の段階での考えということで(その一)としました。