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見えないものを見ようとして、顕微鏡をのぞきこんだ。

ある理系院生の備忘録 ~RiskとBenefitの狭間に揺れて~

文章を書くときの“熱”の使い方

本日、研究室での月報でした

 

昨年度の年間研究発表会の時は、
新しいデータが出たために

Discussionが、

 

今回の月報では、

投稿するジャーナルがある程度しぼられたので、
Introductionが大幅に変わった。

 

現在あるデータに対して、真新しい考察をしたり、

現在あるデータに則した、真新しい背景をえがくのは、

 

それなりの情報、知識とアイディアが必要。

まだまだ、学生の身分で知識と情報が常に欠落しているので、

普段あまり論文を読まない私は、こういう文書作成直前になって

読みまくる。

 

前回はアストロに関するレビューを10報ほど

今回はPVMに関する論文を20報ほど

 

普段から読めよと突っ込みたくなる気持ちは分かりますが、

私は0から文書を書く直前に大量の文章を読み、知識を入れることで

読み終わった直後にしかない “熱” 言いかえれば “興奮” を原動力として

新しい文書を書いている。

 

そうすることで、平常時の自分では書けないような文書を書くことができる。

この熱の力はすさまじく、書く速さ、書く内容が極めて向上する。

 

(ただ、その分まとまった時間が必要なんだけれど……こればっかりはしょうがない)

 

だから、私が後から文書を読み返すといつも、

「あの頃、こんな文書書いてたのかよ。すげぇな。衰えたかもしれねぇ。」

って思う。

 

ただ、熱の力だけで、文章を書くには欠点がある。

勢いだけの文書は、確かに内容のレベルは高いかもしれないが

文章としてのつながりや、言葉の使い方、相手への伝わり方などが全くと言ってもいいほど考慮されていない。

 

熱の力で書いた文書を、熱が冷めきった時に読み返し、
冷めた目線で修正を加えることで、より高いレベルの文書へと昇華できる。

これは繰り返し行う必要があるので、地味に時間がかかる。

 

ここに、さらに他者の目線をできるだけ入れたほうがいいのは言わずもがな。

 

 

というわけで、文書をつくるときには短時間で熱を高めて一気に書き上げ

完全に冷めた目で修正を加えるといいものができると思うよってことです。

 

あ、もちろん文書だけじゃなくてパワポとかポスターとか、文章が入るものでは何でも同じことが言えると思うよ。

 

と、熱だけで書いた文章を一切の修正なくここに投稿をさせていただきます(まる)